和歌山愛宴(初日)


TOPの写真がコレかよ、いかりや。
と、言う事で、まさかの和歌山愛宴、無事開催となりました。こんな僻地にも関わらず足を運んで下さる方が居られると言う事は、非常に有り難い話です。O子さま始めお越し下さいました皆々様、誠に有難う御座いました。最早HM登校者の同窓会となっておりますが、細々とでいいので今後も続けて行ければと思いますので、「我こそは此処で」と言われる幹事の皆様の出現を待っております・・・
待ち続けて10年位ですが(w

続きます

本日の宿:「ビジネスホテルみやま<和歌山県>
大人数用のお宿で、3000円台と激安。内装はややガタが来ていますが(w)、立地条件を考えれば上々かと。

桜の花の咲く頃に

復興記念館と桜
よく浅草には来るにも関わらず、此処8年以上駒形橋を渡らなかった。別に端の向こうの過去に蓋をしたかった訳では無いのだが、如何も足が向かなかった。が、今回如何も中途半端な時間に東京に付いてしまう事もあり、妙なセンチメンタリズムに駆られ、実に8年振りに駒形橋を渡ってみた。
駒形橋。何時もよく渡っていました。
コンビニに潰れている所が多かったのはご愛嬌だが、道は簡単に変わる訳でも無く、全く持ってあの頃のまま。嘗て通った道を通って、昔住んでいた「風呂無し・トイレ共同・築ウン十年」の物件が有った場所を覗いてみると、これがまた、取壊されもせず残って居やがるから驚いた。一寸周辺をブラブラしてから、清澄通りを下り両国を目指す。その途中、横網公園へ寄り道。住んでいる時には行こうとも思わなかった、東京復興記念館へ立ち寄る。資料もさることながら戦火を逃れた昭和初期建造の記念館の建物そのものに引かれての話。館内撮影禁止のため、内部の作りなどは撮影出来なかったがやはり古い作りの建物にはやっぱり赴きがあるやね。記念館を後にしてからは、再び清澄通りを下り、両国駅近辺をうろうろしてから、城☆陽人氏、新瀬空志氏と合流。合流後、再び店を品定めして、「鳥正」と言う居酒屋で呑み始め、途中、寝過ごし遅刻のM―1号氏も合流し、ビールに清酒をだらだらと飲む。
で、正直、終わった時間は覚えていません(苦笑)。取敢えず、清澄通りを30分歩いて帰ったのは覚えているけど。そこそこの土地勘があるだけに、此れは流石に間違えなかったですよ、ええ。
以下、おまけ

“桜の花の咲く頃に” の続きを読む

あけましておめでとう御座います。

本年も宜しくお願い致します。
本年も当HPを宜しくお願いいたします。

そして浅草寺二年参り編

08年元日、30過ぎたおっさん2人で向かえた新年。場所は雷門通りの人ごみの中、予想はしていたが凄い人。何時になったら賽銭箱まで行けるのかと思ったが、亀の歩みながら少しずつ進んでゆく。歩みが少しだけ速くなったのは雷門前の横断歩道を渡ってから。
年明けの雷門
仲見世通りに入ってからは少し歩みも早くなる。が、浅草寺本殿が見える位置にきて再び歩が止まり此処からが我慢。流石に疲れから多少目が回り出したが何とか堪え約1時間をかけ遂に賽銭前へ。振り返ると、眼下には正しく参拝客が犇くように並んでいた。流石は浅草寺。漸く着いた賽銭箱にお賽銭を放り込み、手を合わせ、東京に来た際の無事をお祈りする。そっから脇に其れ「三峰神社」(笑)を写メに収め浅草寺を後にする。同行者の大ちゃんとはロックの脇で別れ、互いの宿へ。宿に戻ってから、東京特有の熱い風呂に入って、mixiの日記を簡単に更新。2時半前に眠りに着く。
再度起床は7:40。目は覚めたが、体は全く動かず。正に生きるし屍(w)。其の侭、チェックアウト直前まで横になり、何とか10時前に身支度を整え宿を後にする。そっから再び浅草寺へ。富士蕎麦が休みだったので隣の蕎麦屋で蕎麦を手繰ってから仲見世に向かい、職場への土産に人形焼と雷おこしを買って浅草を後にする。銀座線で神田まででて、昨日大ちゃんが「潰れたかも」と言っていたネカフェへ言ってみる。潰れては居なかったが・・・年末年始休業って、ネカフェとして其れは如何かと。仕方が無いので近くにあるポパイへ入って1時間ほど時間を潰す。11:40頃店を出て東京駅に。八重洲口をでて、暇潰しの漫画でも買おうかとブックセンターへ向かうと、見事に休業中。まぁ確かに元旦だけどさぁorz。時間にまだ余裕が有ったので、余り気は進まなかったが歩を翻して再び山手線で秋葉原へ。思ったほど込んでいなかった(つか、同人誌の所には行かなかったので・笑)とらで「CIRCLEサークル」と「病院のないしょ」の1巻を購入し再び東京駅へ向かう。東京駅で家族用の土産として「東京ばなな」を買い、13:20発の新大阪行きのぞみて、一路大阪へ。途中1時間ほど眠っている間に景色が雪。関ヶ原付近は結構天気も悪そうだった。更に眠っている間に4分ほど新幹線が遅れており、乗継が心配されたが、結局新大阪には2分遅れだけで到着。16:03新大阪発のくろしおに揺られ帰宅する。実家到着は18時過ぎ。到着後直ぐに甥っ子にとしだまを渡し、姉には「東京ばばな」を渡しPC前へ。取敢えず、略式も良い所なのだが、mixi登録されている所から順にmixiメッセージで「あけましておめでとう」とメッセージを送ったりしているうちに今の時間。いやはや疲れましたYO。
メールの方は明日にでも(つか、明日、普通に仕事ですよ)。ではでは。

N700

乗りました。コンセントの有る窓側の席はシグマリやらるっきゅん等のモバイルを持ち歩自分にとっては便利。これは確かにビジネスマンには受けが良いだろう・・・と、同時にオタク受けも良い筈。年末は座席の争奪戦が激化しそうで、アレだなぁ。思い切ってグリーン車という手も有りかも知れん。
と、云うことで、只今東京。早番の仕事を終えてから、電車乗り継ぎ何とか到着。明日の予定を考えれば、無理をする必要は無かったのだが、来月の30日も其の日の内に東京まで移動と言うのが有りそうなので予行演習かてら、一寸無理な乗換えを組んでみたのだが新大阪での乗り換え時間が6分しか無いと言うのは微妙か。最終だと込みそうなので、出来れば最終1本前を使いたい所なんですが、本番では如何成りますかね。

谷中・根津散策


本日東京。何度か目覚めるが最終的な起床は6:30頃。夜行バス利用時、普段は酒でも飲まない限り殆ど寝付けない事を考えれば、眠りこそ浅かったものの良く寝たほうだろう。東京駅には10分ほど遅れて到着。今日はsuicaよりもフリーパスの方が得かなと思い、フリーパスを購入し東京駅へ。駅構内の「江戸前そば」でコロッケうどんを手繰りつく。10:20頃に店を出て、山手線で鶯谷へ。行き先は勿論例の所(笑)。最終確認の電話を入れてから「まだ時間があるな」と想い、歩いて行こうかと地図を調べるべくシグ3を取り出して気づいたのは「あれ、(接続用の)FOMAカードが無ぇ」。どうもバスの中に忘れた模様。仕方が無いので歩いていくのは諦めて、近くにあった電話ボックスでJR関東バスの電話番号を調べてTEL。バスと座った座席、携帯の電話番号に品物の内容を告げて後を任せる。暫くだらだらと時間を潰し、お迎えに乗って例の所へ。まぁ、内容は割愛するが、結構当たりは引きました。13:30頃に例の所を出て携帯を見ると留守電あり。聞いてみるとバス会社からで、末端発見でお預かりしているとの事。ああ、よかった。併せて15時に待ち合わせしている城☆陽人兄さんに電話すると「予定が有るので16時にしてほしい」との事なのでOKする。鶯谷より一端、東京駅へ。到着後、再度バス会社に電話すると「駅の忘れ物センターまでモノを持っていくのに時間がかかる」との事なので了解し、到着時間を聞いてから、八重洲ブックセンターでしばし立ち読み。15時前にブックセンターを出て「そういや大ちゃんはもう着いてるかの」と電話すると「今、神田のネカフェに居る」との事なので、大ちゃんもお誘いする。15時過ぎに忘れ物受取所でFOMA末端を受け取ってから再度山手線で日暮里へ行き15時半に日暮里到着。西口の出口で城兄さん、大ちゃんを待つ。大ちゃんが15:45頃、城兄さんが16時過ぎに到着し3人で坂を上って谷中銀座へ。せっかくなので寺町谷中を散策する。谷中は好きな街なのだがなかなか来る機会が無く実に8年振りなのだが相変わらずいい雰囲気で。お目当ての猫達はメッカである階段付近での工事の為か余り居らずに残念でしたけど。おっさん3人で谷中を千駄木方面まで散策。途中、たかむらあきら氏から電話があり「ええ、そんな所に居るの、流石やね」と驚かれる。千駄木から「どうせ此処まで来たんだから根津神社まで」と言うことになり、根津神社を参拝。参拝後は再び千駄木に戻り、へび路なる小径を通って再び谷中へ戻る。日暮里からは、自分と大ちゃんが共に浅草に宿を取って居ることもあり浅草へ。上野駅から銀座線で田原町でおり、定宿へ。先に荷物だけ置かせて貰い、浅草方面へ雷門通りを歩き仲見世、浅草寺、東武浅草駅を経由して神谷バーを覗くが、定番だけ有って大混みなので、別の店へ。あちこち探した後、MIJYUMARUと言う安い居酒屋で乾杯とする。最初の一杯までは何とか飲んでいたのだが、流石に途中から夜行バス&例の所(笑)の疲れが出てきてグロッキー気味になり、申し訳ないと想いつつ、1時間半程でお開きにしてもらう。更に申し訳ない事に城の兄さんがおごってくれると言うことなので、大ちゃん共々お言葉に甘える事に。店を出て、もう一度ネカフェに行く大ちゃん、帰宅する城兄さんと別れる。宿到着後は大浴場で入浴して21時過ぎに部屋へ。疲れの為か直ぐに沈み、本日終了~。

“谷中・根津散策” の続きを読む

3泊4日の旅の終り

6時前起床・・・既に大ちゃん起床済み。飛行機が早いのとどっかで飯を喰いたいみたいなので早く出るとの事。結局6時半頃には先に宿をチェックアウト。帰路に着く。
8時過ぎ、城の兄さんもチェックアウト。直後にせりさと氏と共に少し宿をでて近くのコンビニへ。更に自分は前にある黒猫でダンボールを貰い、戻って職場用の土産の仕分けを行う。荷物を詰め終わってから、再び黒猫に行き、クール宅急便で職場に直接送ってから戻ると、丁度O子さんと出くわす。既に帰り支度は終えておられるようなので、おいら&せりさと氏も身支度を整え、9時前に宿を後にする。暫く3人で狸小路を散策した後、O子さんとは電停すすきの前で別れ、おいら&せりさと氏は土産物屋へ。取敢えず自宅用の土産を送ってから2人揃って斜向かいに有ったカレー屋へ。

最初は「駅弁」と思っていたのだが、最後に「やっぱりスープカレーも喰っておくか」と言う思いに強く駆られ店に入り、スープカレーを喰う。そっから徒歩で札幌駅に向かい、10:25発のエアポートで新千歳を目指す。途中、桜崎氏からのメールで新潟地震の件を聞きかなり驚愕しつつ、11:01に新千歳に到着する。長蛇の列となっていた、手荷物検査の入り口でせりさと氏と別れ、12時ジャスト発の関空行きに乗り込むが、搭乗の遅れ等で結局12:20過ぎに離陸。関空到着も14:30と30分遅れと成ったが、何とか到着。関空から日根野と乗継、和歌山で一旦下りて、17日の「ドリーム和歌山」の東京行きチケットを購入。和歌山16:19発の電車で地元まで戻り、バスで自宅に到着は18時前。何とか辿りつきました。一寸素麺を啜ってから、一眠りし、mixiに小樽の写真をupしたり、日記を付けたりしつつして、今の時間。
いやはや、今回、遠路遥々のお馬鹿な企画にお付き合い下さいました皆様方、誠に有難うございました。

今回の宿:「ホテルハシモト
都合3泊させていただきました、苫駒の常宿にして愛宴の常宿(w)。中心部へのアクセスと宿泊費用を考えれば上々かと思いますわ~。

積丹半島一周

旧小樽倉庫(追記)

6時前起床。少しぼーっとしてから隣の部屋へ。案の定、早めに出るえいぢ氏が起きていたので、連れだって宿2階風呂に行く。8時半頃に面々を起こそうと再び隣りに向かうが、起きそうな気配も無いので出発を1時間遅らせる事にする。そうこうしている内にえいぢさんがチェックアウト
8時過ぎに、12時の便で神戸に立つこおべ領、15時の便で羽田に立つ予定のM―1号氏と共に、二条市場内にある「近藤昇商店」でかに汁を食す。昨日の鉄砲汁(かに汁)は正直「?」だったが此れは結構美味い。うむ、昨日は店を間違えたな(笑)
再び宿に戻り、こおべ領がチェックアウト。残りの面々は結局9時半過ぎにチェックアウトして、一路、札幌駅を目指す。札幌駅改札で待っていてくれていた桜崎氏と合流し、10:14発の快速エアポートで小樽を目指す。ガイド役の道民・桜崎氏に拠ると、全国で3番目に出来た路線との事。快晴の中、海縁ギリギリを走る列車からの風景は絶品で、鉄道好きのO子さんも大満足の模様だった
11時前に小樽に到着、略全員、殆ど朝から食って居なかったので、小樽の寿司銀座と言われる通りに向かって歩き、有名所の老舗「おたる政寿司本店」に飛び込みで入る。時間帯が良かったのか、すんなり入店&注文。若干、寿司の出が遅かったが、次々に聞える「ごあんな~い」の声を聞けば止む無しか。寿司の美味さは流石。此れでお吸い物付き9貫1500円は妥当な所か。食事を終えてからは、坂を下り小樽散策。幹事は主に散策をしつつ体力回復をしていたりした(汗)
しかし、やっぱり、雰囲気はあるやねぇ・・・この町並みは、そう簡単には真似は出来んわな
“積丹半島一周” の続きを読む

第3回札幌愛宴開催(11年4ヶ月ぶり)

藻岩山より札幌市内遠景
5時過ぎ一旦、目が覚める。一寸頭が痛くだるい、二日酔いの症状。たかがあれぐらいの酒量でこのざまつーのは、どう考えても肝機能が落ちているとしか思えない。取り合えず、水分を取って再び眠る。

6時50分頃再び起きて、携帯・TVで台風情報&交通情報をチェックしてから、宿の近くに有るローソンでひげ剃り等を購入し戻る。戻ってから、朝風呂で酔いを抜き、「旭山動物園に行く」とか行っていたこおべ領を電話で起こす。

8時半頃に部屋を出て、近くの二条市場へ行き暫しぶらぶらし、市場内にある食堂でイクラカニ丼と鉄砲汁を食す。その後一度宿に戻り、集合場所確認の為に地下街へ。地下街を抜けてからは、取り合えず、路面電車に乗るべと、電停すすきのへ。電停すすきのから路面電車でがたがた揺られ、ロープウェイ入り口で下車。200m程歩き、藻岩山ロープウェイ搭乗口へ。往復900円を支払い、藻岩山を登る。周りはカップルか家族連れ。男二人と言う、徹底的にさもしいコンビで、清々しい高原を満喫してから1時間後にマイクロバス&ロープウェイで下山、再び路面電車に乗り込み終点まで乗る。少し昼飯時を外すも、昼飯を食おうと、ラーメン横丁に行き、面倒くさいので札幌まで来て「赤の時計台」で味噌ラーメンを食い、地下街を回って14時過ぎに宿に戻ってだらだらする。尚「赤の時計台」は札幌マジックか都内より滅茶苦茶美味かった。

16時過ぎにこおべ領が近くの丸井今井へONちゃんグッズを買いに行き、自信は近くまで辿り着きながら彷徨うMー1号を迎えに出る。16時半過ぎに3人が宿に集合、17時過ぎまで宿に待機してから待ち合わせ場所に向かう。17時半前に集合場所に辿り着き、17時半を過ぎてからは桜崎氏、城☆陽人兄さん、えいぢあすか氏、O子さんが続けて到着。遅れると連絡の有った、せりさと氏、大ちゃんを除く7名で一次会場所の「キリンビール園アーバン新館」まで歩き、17:50頃に入館する。

18時にジンギスカン100分1本勝負にて、11年半ぶりの札幌愛宴を開催する。数分の遅れで、せりさと氏、大ちゃんが合流。食べ放題・飲み放題で本場のジンギスカンを十二分に堪能する。あっと言う間に100分が過ぎ、同じビルのB1にある「やじろべえ」と言う居酒屋にて二次会を開始。此処でせりさと氏経由で飛び入り参加の稚乃ふみゆ氏が合流をまって、自己紹介を始める。自己紹介でこおべ領が昨夜のすすきの大失敗を披露。相変わらずのネタ師振りをを見せつける。二次会は軽い摘みのみで談笑。途中いろんな所に電話をかけたりかかったで、声だけ参加も複数出てくる。22時過ぎに二次会終了、三次会はカラオケ。ナツメロ、アニソン、ポップスとカオス振りを見せつける(笑)。

途中の24時前にO子さんが宿に戻られると言うので、中座して宿まで案内。戻ってから最後はゴダイゴで締めて1時前にカラオケ終了。此処で札幌合縁はひとまず終了。道々、ふみゆ氏と別れ、残りは宿へ。宿で精算を終えてから、桜崎氏はタクシーで帰宅。残りは直ぐ寝たり、風呂へ行ったりで、一日が終了。皆様、おつかれ~。

9年振りの札幌へ

本日9時過ぎ起床。取り合えずネットに繋いで、台風情報+各地に天気予報、欠航情報をチェック。どうやら、千歳に「行く」分には何とか全員向かえそうで、一安心(まだ予断は許しませんが)。そっから朝飯を食べて風呂に入り、暫し横になってから12時前に家を出る。御坊駅12:29発の普通で出発、和歌山駅13:32着、和歌山13:37初の快速で更に北上し日根野14:01着、日根野14:09の関空快速に乗って関西空港に向かう。一応、不測の事態に備えて早めに着いたのだが、特に変わったこともなくかなり時間が空いてしまう。本屋で時間を潰し、西本カメラで名古屋合縁の集合写真を現像してもらうが、それでも時間が余り気味。喫煙ボックスで煙草を吹かして時間をつぶす。15:30頃には手荷物検査を済ませ、15:45過ぎに搭乗する。関空16:00発、梅雨前線の影響も有ってか酷い揺れで、結局飛び立ってから40分近く飛行が安定せず、17時前から漸くドリンクが配り始められる。その間に日記の一部を付け、途中中断し着陸を待つ。千歳到着はほぼ定刻通りの17:53分到着直後、桜崎氏から電話あり、現在、新札幌に居るとの事。18:04発のエアポートに乗り込み、桜崎氏とメールでやり取りし、新札幌で合流。札幌駅到着後、取り合えず宿を目指す。途中、こおべ領から電話が入るがリダイヤル賭間違い模様。切断して新たにかけ直すと、同じ宿に居るとの事で宿で合流する。一端、宿で合流後、夕食も兼ねて夜の街へ。何軒か回った後、宿近くの居酒屋に入る。居酒屋でモルツ・プレミアムなど飲みつつ、二時間半ほどだべって、店を後にする。桜崎氏は帰宅、こおべ領はどうしてもすすきのに行きたいと言うので分かれて、おいらは宿へ。明日、明後日と先は長いので、無理はしないんですよ~。

銀河(否・犬)に乗って

本日夜勤明け。日付を越えた辺りから頭痛が出てきて、帰る頃には酷い状態。足早に職場を去って帰宅は10時過ぎ。取敢えず、ロキソニンを服用しmixiとメールをチェックしてから風呂に入る。その後、飯を喰いブログを弄ってから12時過ぎに寝る。何度か目覚めながら、16時半に起床し身支度を整える。
18時前に家を出て途中、吉野家で豚丼並・豚汁を食って、何時もの最寄り駅、湯浅に向かう。湯浅19時着。湯浅駅で明日帰る際の新幹線&特急のチケットを購入し19:25発の普通電車で和歌山へ。和歌山から大阪までは20:35発の紀州路快速で大阪に向かう。途中、N山氏から電話があるが、電車の中なので後でかけ直して貰う事とする。22時過ぎに大阪駅到着。N山氏から着信履歴があったので掛け直す。「明日は何時まで東京に」との事。時間を告げると「では、明日昼過ぎに都産貿へいきます」と返答あり。なんか、ホームに人が倒れていて「救急車呼べ」だの担架が来るだの、変にばたばたしていた。流石、大阪(ヲイ)。

22:20分前に東京行きの寝台急行「銀河」が入線し、乗り込む。実は寝台列車は29年振り。記憶に僅かに残る程度で、実質初めてみたいなモノだったんですが、感慨等に浸ることもなく、夜勤明けと言う事で只管眠かったので、直ぐ布団に被りこんでしまいました。