よく浅草には来るにも関わらず、此処8年以上駒形橋を渡らなかった。別に端の向こうの過去に蓋をしたかった訳では無いのだが、如何も足が向かなかった。が、今回如何も中途半端な時間に東京に付いてしまう事もあり、妙なセンチメンタリズムに駆られ、実に8年振りに駒形橋を渡ってみた。
コンビニに潰れている所が多かったのはご愛嬌だが、道は簡単に変わる訳でも無く、全く持ってあの頃のまま。嘗て通った道を通って、昔住んでいた「風呂無し・トイレ共同・築ウン十年」の物件が有った場所を覗いてみると、これがまた、取壊されもせず残って居やがるから驚いた。一寸周辺をブラブラしてから、清澄通りを下り両国を目指す。その途中、横網公園へ寄り道。住んでいる時には行こうとも思わなかった、東京復興記念館へ立ち寄る。資料もさることながら戦火を逃れた昭和初期建造の記念館の建物そのものに引かれての話。館内撮影禁止のため、内部の作りなどは撮影出来なかったがやはり古い作りの建物にはやっぱり赴きがあるやね。記念館を後にしてからは、再び清澄通りを下り、両国駅近辺をうろうろしてから、城☆陽人氏、新瀬空志氏と合流。合流後、再び店を品定めして、「鳥正」と言う居酒屋で呑み始め、途中、寝過ごし遅刻のM―1号氏も合流し、ビールに清酒をだらだらと飲む。
で、正直、終わった時間は覚えていません(苦笑)。取敢えず、清澄通りを30分歩いて帰ったのは覚えているけど。そこそこの土地勘があるだけに、此れは流石に間違えなかったですよ、ええ。
以下、おまけ
松本零士デザインの水上バス
ご存知「空飛ぶう○こ」
以前住んでいたアパート近くの神社
東京復興記念館正面
東京復興記念館遠景